[掲示板: 〈過去ログ〉SSS タドキストの広場 -- 最新メッセージID: 14976 // 時刻: 2024/11/2(09:22)]
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12787. Re: 不自然体 (多読山酒井寺開眼極意伝授)
お名前: 道化師
投稿日: 2004/7/8(00:18)
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私の大好きな「ペ」さん、こんばんは。道化師です。
(あっちの、「ペ」はいまだに大嫌い)(笑)
"ペギー双葉山"さんは[url:kb:12493]で書きました:
〉素直な気持ちで書いてみました。
〉(ほとんど)中断していましたが、新たな気持ちで再出発したいです。
〉肩の力を抜いて、(矢吹ジョーのような感じ)
〉ノーガード戦法で読みます!
〉※ニュートラルな状態に戻りたいというような意味です。
矢吹ジョーのノーガード戦法って、かなり不自然じゃありません?
人間には、殴られそうな時に、思わず庇ってしまう防御本能って、
あるだろうし。
それと同じで、人間の心の中の煩悩を感じない姿勢って、
やっぱり、ちょっとどこか「不自然体」な気がするなぁ。
除夜の鐘で、払い落としてくれる煩悩の数は108つですけれど、
多読山酒井寺で振り払ってくれる108つの煩悩の中には、
第31番煩悩「人のことが気になる」
第57番煩悩「辞書をひきたくなる」
第61番煩悩「TOEIC用ドーピングがしたくなる」
第79番煩悩「コンダラを背負いたくなる」
なんていうのが、あるそうです。(笑)
でも、煩悩あってこそ人間。
そうそう簡単に煩悩が払い落とせたら、
毎年毎年除夜の鐘を打つ必要なんてないはずですよねー。
そんな、煩悩のひとつひとつもまた、自分の心の在り様なんだって、
受け入れてやって、その時々の心の欲するままに、
煩悩に従うっていうのが、「自然体」って思うんです。
そして、色々と納得するまで煩悩に従って、
その「心の欲するまま」が、気がついたら、
「多読の道」だったって言うのが、
「理想=開眼=悟り」の境地なんでしょうけれどね。
(まっ、なかなかそこまではいけないのが普通です。)
(秋男禅師の「螺旋」の極意も、きっと同じことなんでしょう)
おそらく、当てずっぽうで言えば、
これが「色即是空、空即是色」ってことなんでしょうなぁ。
昔から、なにかを求める「道」ついては、
人間おんなじような事を考えていたって事でしょうね。
それじゃ、相変わらずひねくれものなもんで、
混ぜっ返しの道化師でした。
ではであ。
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